今回は、10月21日のプリンセス駅伝において、実業団女子選手が2区の手前約300mで転倒骨折し、這いながら次走者に襷を渡した映像が流され、その賛否が大きく報道された件です。
 あの報道後、複数の大学で私の受講学生に、「選手の判断を尊重すべきで制止しなかったことは正解」と「審判及び監督の判断で早く制止すべき」「どちらとも言えない」を挙止で問うたところ、ほぼ同数に分かれました。報道を見た学生の反応はまちまちだったようです。

 この件について、有森裕子さんが、先週、「日経グッデイ」に「女子駅伝『四つんばい』は美談ではない」という見解を掲載されていますので、ご一読ください。私もほぼ同感です。

 ところで、あの生々しい映像を見た私は、2014年、中国で行われたフィギュアスケート大会で、羽生結弦選手が、直前練習中に中国選手と衝突した「脳震盪疑い事故」を思い出しました。
 あの時も、最初の報道は、悲壮に包帯を巻いて強行出場した羽生選手に、「感動した」「涙が出た」と称える声が沸き上がる一方で、医科学の専門家はもとより、スポーツ関係者からは、危険な強行出場だったと指摘する声が拡大していました。
 この件で、当時の新聞記者から取材を受けたときに、私は「選手の自己判断が正当化されると、運動部活動などで、頭を打ってうずくまる生徒が出たときに、『羽生を見習え!』と言い出す指導者が増える。」と危険性を指摘して、「スポーツ界の共通ルール」を作るべきと提言しました。
 今回の駅伝ケースについても同様、選手が長距離走練習で倒れたときに、指導者が、「這ってでも前に進め!」と見習うことを強要しかねません。

 また、羽生選手の判断が議論になっていた際に、女性医師が、スポーツドクターとして、ある高校生大会に待機していた時に、脳震盪疑いの事故が発生し、交代すべきと診断したところ、選手や監督から「お前が俺たちの負けの責任を取れるのか」と詰め寄られたと吐露しています。すなわち、スポーツドクターといっても、競技をやめさせるルール上の権限がなければ、止められないという意味だと思います。

 一方、同じプリンセス駅伝において、別の走者が、脱水症状でふらつき、千鳥足となって逆走したあげく、倒れ込んで途中棄権になっていました。残念ながら「四つん這い」より報道は少なめでしたが、こちらの方がはるかに危険だったのです。にもかかわらず、審判員がすぐ止めに入らずに見守っていたことは極めて遺憾であり、熱中症の危険性を理解していないとしか言いようがありません。

 実は、報道機関にお願いすべきことがあります。高温下での体調不良をすべて「熱中症」と一括りに報道していますが、これは改めるべきです。一般的に熱中症は、熱失神、熱けいれん、熱疲労と熱射病を総称として使っていますが、この中で、熱射病が桁外れに危険であり、熱中症と熱射病を分けて報道すべきだと思っています。

 ともかく、今回の駅伝における2つの事故は、大きな課題や教訓を残しました。
 第一は、脳震盪、熱射病、骨折などの異常事態を特定し、審判員、監督、医療関係者等の権限行使のルールを検討すべきです。
 また、報道関係者には、鍛えられたトップ・アスリートの危険すれすれの行為を、美化したり称賛する場合は、成長過程にある児童生徒への影響にも十分留意して、取り扱っていただきたいと願うところです。