学校スポーツの在り方が問われている日大アメフト部事件は、ほぼ全容が明らかになってきました。あまりにも稚拙な対応であり論評に値しません。日本の大学スポーツが同様にみられることに、スポーツ関係者は危機感を覚えるべきです。
 
 今回の事件を踏まえて、スポーツ庁が来年度立ち上げようと前のめりになっている「日本版NCAA」の制度設計に、大きな課題を突き付けられたことは間違いないと思います。

 一部の関係者は、このような悪しき事案が発生した場合にこそ機能する「大学スポーツ統括団体」を作るべきと強調していますが、このような大学スポーツを監視・提言して、悪質事案に処分を課し、大学自治にも言及できる「独立機関」を作れるのでしょうか。

 米国の「NCAA」には、大学スポーツ界のスキャンダル是正を目的に設立された有識者の独立機関「ナイト委員会(Knight Commission On Intercollegiate Athletics)」があり、学生のデュアルキャリアや卒業率の確保などについて提言してきましたが、近年はあまり機能していないとの見解もあります。
 米国ではすでに、「大学スポーツ選手は労働者である」と認識されており、選手である学生は、団体交渉権まで主張しています。

 日本では、レスリングのパワハラ問題が発生した時に、是正を勧告した内閣府の「公益認定等委員会」と同じように、例えば、学校法人を所管する国の部署に「学校法人監督等委員会」を新設され、私立大学への「私学助成金」の削減をちらつかせて、大学自治まで監視する行政組織が作られないとは限りません。そんなことになっていいのですか。

 また、学校法人には、その公共性・公益性を考慮して、種々の税制上の優遇措置が講じられています。
 大学スポーツを産業化して、大学敷地内でビジネスとなる事業を展開すれば、大学のある地方自治体が、「固定資産税」をはじめ、様々な減税処置を再考することは必須です。

 特に、大学体育館などで収益事業を行えば、地方税である住民税、事業税、事業所税や、高額になる固定資産税や、特別土地保有税、都市計画税が課税されることになるでしょう。財源確保に必死な自治体は、手ぐすねを引いて待っています。大学は自覚しているのでしょうか。

 新自由主義の米国では、スポーツのビジネス化がエスカレートすることは必然の成り行きですが、日本版でも、放送権料の高騰を目指し、満場の集客を求めれば、大会や競技の勝負がエスカレートすることは必然です。さらに、そのために得られた収益の傾斜配分が、大学のモチベーションを左右するのは当然でしょう。

 そうなれば、入学も卒業もほとんどスルーになっている日本の大学では、ひとつの大学に、大学本務の「教育部」と、スポーツ局の「興行部」が、パラドクスではなく独立して両立する大学が増えたとしても不思議ではありません。学生も教育部出身と興行部出身で、就職に影響することも十分想定されます。

 あの「スポーツ日大」をみていると、保健体育審議会をトップに独立した「興行部」となっています。日本では、日大に限らず、一部の大学は、すでにデュアルキャリアが形骸化しており、米国以上に、大学の本体と並列した「興行部」になっているのかもしれません。