橋本新会長に求める発信力とは!

 1年延期となった「東京オリンピック・パラリンピック大会(以下、「東京2020」)」に対する世論調査が、いまだに、「開催」「中止」「再延期」の3択で続けられていることは、「開催」と「中止」を選びたくない国民が、「再延期」の選択肢に逃げています。このことは、すでに1月の【第26編】で書いたように、2023年(1年延期させられた世界陸上や世界水泳が難色)、2024年(パリとロサンゼルスが反対)、2032年(豪州ブリスベンに内定)への再延期の可能性は、すべて皆無です。したがって現在の選択肢は「完全中止」と「開催時の観客条件(無観客、国内限定等)」だけです。

 現段階で重要なのは、「中止」以外の国民の開催支持率が、少なくとも40%を超えなければ、開催できないと心得なければなりません。国民の開催支持率が現在の10%台のままで「東京2020」を強行したら、大会期間中に世界の報道機関が集中している前で複数の大規模反対デモが発生し、近代五輪史上で最悪の大会になります。

 昨年の1年延期になった頃から、開催支持率は下降・低迷を続けていましたが、更なる低下に最も致命的だったのは、森前会長の「コロナがどういう形でも必ずやる」との不用意な発言でした。女性蔑視発言以上に国民感情を逆なでしたことは間違いありません。

 森会長の辞任に際しても、「森氏の弁解発言」「川淵氏の後任指名」「新会長選出の密室会議」とドタバタ劇が続き、「政府」「東京都」「組織委」が思惑調整の結果、現職大臣の橋本氏に新会長を押し付けたのです。

 その結果、国民の五輪中止論に拍車をかけました。今回の騒動は、五輪関係組織全体の「クライシスマネージメント(事故後の対策、二次被害の回避)」が極めて脆弱であることが露呈されました。このままでは、おそらく五輪開催までたどり着けないのではないかと危惧します。

 いまさら新会長の選出経緯を問うても詮無いことです。ともかく、橋本聖子氏が新会長になりました。まず、新会長に期待されるのは、女性登用と役員比率の改善ではありません。「東京2020」の開催に有効なメッセージを国民に訴え始めることです。それを最大の使命と心得て欲しいと願うばかりです。

 「オリンピック憲章」に定める理念は、「平和」「人権」「環境」「教育」への貢献をレガシーにすることですが、森前会長が退任した後に武藤事務総長が会見した際、「オリンピック憲章」を「オリ・パラ憲章」と発言したことに驚きましたが、「多様性と調和」や「ダイバーシティ」の説明も、たどたどしく聞こえたのは私だけではないはずです。

 皮肉を言えば、五輪価値の一つである男女平等、女性蔑視禁止に関する森前会長の不用意な発言は、結果的に組織委が「人権テーマ」を再認識するよう反面教師になってくれました。また、ネット上の書き込みでは、「東京2020」を、いまだに「たかが大運動会」「運動会はやめろ」と書かれ続けていることにも、この機会に「オリンピック」は「たかが運動会」ではないと説明してほしいと願うばかりです。

 このように、五輪の申し子と言われる橋本会長に期待されるのは、厳しいコロナ渦でも、なぜ「東京2020」を開催すべきなのかというメッセージを、国民に向けて丁寧に説明することです。思い返せば、森前会長下の組織委では、政治的、経済的思惑やIOCとの利権調整ばかりがチラつき、単に「準備経費が無に帰する」「経済効果が皆無になる」の思惑で開催を強行したいということしか、国民には伝わっていませんでした。

 先日、IOCバッハ会長は、海外からの観客受け入れ判断に「4月か5月初め頃」との見解を示し、デュビ五輪統括部長も「4月の終わりが適切な時期」と発言した時は、遅すぎると直感しました。

 その時、橋本会長は、4、5月では遅すぎるとして、聖火リレーがスタートする3月25日前には方向性を示す」とIOCに反発したのです。このようなIOCに逆提案するようなメッセージが今までなかったのです。おそらく森前会長だったらIOCと事前に調整し発言を合わせていたでしょう。

 最も重要なのは、聖火リレー出発前の早い段階で、大会開催は「海外観光客の入国禁止」「無観客を前提」「入国した海外選手・役員の完全隔離」「全競技をリアルタイムで完全な映像配信」などを柱とした基本計画を、橋本会長がIOCに逆提案すべきなのです。これまでの抽象的な「安全・安心な開催」ではなく、日本側から具体的な開催方針をIOCに対して厳しく提案していくことが、日本国民への強いメッセージになるのです。